| (2026年1月18日の週報より) |
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安息日とは‐安息日の真の意味・目的‐ マルコによる福音書2章23節~3章6節 今日の出来事の中心にある「安息日」は、[神による創造の業の完成]と[エジプトからの解放]という二つの意味づけがなされています。そのいずれもが神の御業を覚え、その神の御業に与っている恵みを覚えることが内容であり、それは、神に創られ、神に贖われるという「命」(生きること)と深く結ばれています。「安息日」は、自分たちのために何かをするという日常の営みを一旦横に置いて、神の恵み・導き・守りを覚える日として制定されました。「人」が「神につながる者」として生きることを、神は私たちに望まれたのです。そしてその具体的な応答として「安息日」における「礼拝」がなされました。 |
| 応答讃美歌:新生360番「喜びの日よ 光の日よ」 |
| (2026年1月11日の週報より) |
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イエスはペテン師? それとも神の子? マルコによる福音書2章1~12節 現代でも多くの人が「中風」(=脳卒中)のリハビリ治療を受けていますが、当時の医療を考慮すると、社会復帰は絶望的だったと思われます。そのような重い病気は[罪の結果]と考えられており、「群集に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかった」という描写は[混雑故に中に入られなかった]というだけでなく、[阻止された]ということも多分にあると思います。体の自由が奪われるだけでなく、人としての交わりの自由も奪われていたのです。 |
| 応答讃美歌:新生476番「ゆるされて」 |
| (2026年1月4日の週報より) |
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福音の初め~ヨハネとイエスとバプテスマ~ マルコによる福音書 1章1~15節 私たちは、日々の生活で「初め」を意識します。新しい一年の初めを意識し「元旦礼拝」や「新年礼拝」を行います。世の人々も「初日の出」「初詣」「初夢」など「初め」を意識します。その「初め」をマルコは冒頭に置いて福音書を書き出します。それは、何事にも「初め」があることを意識づけているように思われます。「初め」があるということは、「終わり」もあります。それは「時」があるということにつながります。私たちは時間的存在であると言ってもいいでしょう。だからすべてのことには「初め」があり、「終わり」があるのです。 |
| 応答讃美歌:新生137番「うみべの野で」 |
| (2025年12月28日の週報より) |
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あしあとを辿って テサロニケの信徒への手紙一 5章9~11節 聖書は、「私たちと共にいてくださる神」を語ります。「共にいる」というのは時間や出来事を共有することです。共にいるからこそ、面倒な思いをすることがあり、共にいるからこそ、傷を負ってしまうことがあるのです。そのようなことがあることを十分承知の上で、神は私たちと共にいることを選ばれたのです。 |
| 応答讃美歌:新生570番「たとえばわたしが」 |
| (2025年12月21日の週報より) |
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嘆きが歌声に変わるとき ルカによる福音書2章15~20節 「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(2章10~12節) |
| 応答讃美歌:新生92「喜びたたえよ」 |
| (2025年12月14日の週報より) |
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小さな灯のお話 ルカによる福音書1章38~47節 アドヴェントに灯すろうそくには、一本一本意味があります。一つ目は「希望」、二つ目は「平和」、三つ目は「喜び」、四つ目が「愛」です。今週は「喜び」のろうそくに火を灯し、「イエス・キリストの誕生は喜びの到来であること」を覚えます。 |
| 応答讃美歌:新生140「空の鳥を見よと」 |
| (2025年12月7日の週報より) |
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なぜ今?なぜ私?-神の希望は空気を読まない- ルカによる福音書1章26~38節 クリスマスが近づいてきています。クリスマスは、「イエス・キリストの降誕=神が人間になってこの世界に来られたこと」を覚える時です。イエスは、この世界の暗くなっている場所に生まれます。それは、暗く冷たくなっている場所を暖かく照らすためです。私たちに希望を届けるためならば、神は空気を読まずに私たちのところへ割って入ってこられることがあると、聖書は語ります。 |
| 応答讃美歌:新生550「ひとたびは死にし身も」 |
| (2025年11月30日の週報より) |
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受け継ぐ恵み、小さい者の一人に マタイによる福音書25章31~46節 日本バプテスト連盟女性連合が世界祈祷日週間の礼拝(活動)を始めてから、今年で94年を迎えました。いま、そしてこれから、私たちはどのような働きを担い、繋いでいくべきかを祈らされています。 |
| 応答讃美歌:新生335「小さき者のひとりに」 |
| (2025年11月23日の週報より) |
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愛の補給所‐“生きて欲しい”を取り戻すために‐ イザヤ書6章1~7節 2025年度の活動方針のなかで、「変わらない礼拝の本質を心に留めて」という言葉を掲げています。「礼拝の本質」とは、「神さまに心を向けること」です。礼拝の形式的な部分は様々に変わっていきますが、「神さまに心を向ける」という本質は変わりません。神さまに心を向けるとき、私たちや世界のことに深く心を注いでくださっている神さまの姿が見えてきます。その神さまの姿から、私たちは生きる力を得て来たのです。 |
| 応答讃美歌:新生461「迷い悩みも」 |
| (2025年11月16日の週報より) |
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主による建て直し アモス書9章11~15節 先週は幼児祝福式でしたが、子育てには愛が必要です。愛することと甘やかすことは違います。100%受容する優しさとともに、時には厳しさも必要です。以前、テレビで少子化問題が報道されていました。その中で[きょうだい喧嘩によって子どもたちは駆け引きや手加減を無意識のうちに取得する]と語られていました。痛みを伴う関わりや交わりの中でいろんなことを学び、それが成長へとつながっていきます。それは、神との関係においても言えることです。 |
| 応答讃美歌:新生570「たとえばわたしが」 |
| (2025年11月9日の週報より) |
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将来と希望を与える神の計画 エレミヤ書29章10~14節 子どもたちが好きなテレビアニメに「それいけ!アンパンマン」があります。そのテーマソングで原作者のやなせたかしさんはこう書き出しています。 |
| 応答讃美歌:新生301「いかなる恵みぞ」 |